札幌高等裁判所 昭和54年(う)73号 判決 1979年7月03日
被告人 高橋沖太郎
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人武田庄吉提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用し、当裁判所は、これに対し次のように判断する。
控訴趣意中、法令適用の誤りの主張について
所論にかんがみ検討するに、覚せい剤取締法一九条、四一条の二第一項第三号の覚せい剤の「使用」とは、覚せい剤をその用法にしたがつて用いる一切の行為を指称し、人体に対する施用のみならず、本件の場合のような獣畜に対する施用とか他の薬品を製造するためや研究のための使用などをも含むと解するを相当とする。所論は、同法の立法趣旨は、「覚せい剤の濫用による保健衛生上の危害を防止するため……必要な取締を行うこと」(同法一条)にあるところ、本件のような競走馬に覚せい剤を注射することをも覚せい剤の使用にあたるとすることは、右の立法趣旨を逸脱した不当な拡大解釈に他ならないと主張する。なるほど、同法の窮極的なねらいが覚せい剤の人体に対する保健衛生上の危害の防止にあたることは、所論指摘のとおりではあろうが、人体に対する施用以外の覚せい剤の使用を放任するにおいては、たとえ、覚せい剤の所持や譲受に対する取締を厳にしても、覚せい剤のまん延を喰い止めることができなくなり、ついには同法一条の立法趣旨、すなわち人体に対する保健衛生上の危害の防止に完全を期しえなくなるおそれがあると考えられ、更に、覚せい剤の害毒の重大性にかんがみるとき、同法は、覚せい剤の適正な使用を除くその余の一切の使用を禁止しているとみるべく、このことは、たとえば同法一九条三号、四号、三〇条の一一第一号から三号までの諸規定があることに照しても疑いをさしはさむ余地はない。したがつて、所論は失当であり、原判決には所論のような法令適用の誤りはない。論旨は理由がない。
控訴趣意中、量刑不当の主張について
所論にかんがみ、一件記録を精査し、当審における事実取調の結果をも合わせて諸般の情状を検討すると、被告人は、かつて暴力団と関係をもち、昭和四一年に銃砲刀剣類所持等取締法違反と火薬類取締法違反との各罪で懲役一年六月(ただし、四年間保護観察付執行猶予)に、同四六年には恐喝と銃砲刀剣類所持等取締法違反との各罪で懲役一〇月(ただし、三年間保護観察付執行猶予)に、それぞれ処せられたほか、昭和四五年から同四九年までの間に賭博罪で三回罰金刑に処せられた身でありながら、謹慎自戒することなく、競馬に熱中して無為徒食の生活を続けるうち、道営競馬に関し、厩務員と共謀して多額の配当金を得るため覚せい剤を購入しこれを競走馬に注射して不正レースを敢行しようと企み、もつて被告人において、かねてからの覚せい剤入手先から原判示第六のとおり覚せい剤を譲り受け、これを原判示第三から第五までのとおり競馬出走予定馬に注射したものであつて、その態様は、常習的、利欲犯的色彩の甚だ強いものであるといわざるをえず、現に、原判示第四、第四の犯行によつて莫大な配当金を不正に取得しているのであり、被告人は、以上のとおり自ら本件覚せい剤を入手したのみならず、自分で馬券購入資金を調達するなど、共犯者野村益男とともに主導的役割を果していることを合わせ考えると、犯情は甚だよくないというべきである。
したがつて、被告人が現在暴力団とは手を切つていること、及び社会福祉法人北海道社会福祉協議会に金五〇〇万円を寄附し、改悛の情を示していることなど所論指摘の点を含めて、被告人に有利な事情一切を十分に考慮しても、被告人に対し、刑の執行を猶予するのは相当ではなく、被告人を懲役一年一〇月の実刑に処した原判決の量刑は、刑期の点でもやむをえないところと思料され、また、他の共犯者の量刑との均衡という点からも、重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。
よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決をする。
(裁判官 山本卓 藤原昇治 日比幹夫)